一人で会社をやっていると、コードを書いている時間より書類を作っている時間のほうが長い週があります。

就業規則、労働条件通知書、業務委託契約書、出張旅費規程。どれも「いつか要るのは分かっているが、今日は書きたくない」類のものです。人を迎える段になって、いよいよ先送りできなくなりました。

そこで、普段コードを書かせている AI(Claude Code)に、これらのたたき台を作らせました。結論から言うと、たたき台としては非常に強い。ただしそのまま使えるものではないというのが正直なところです。線引きの話として書き残しておきます。

なお、規程の具体的な中身(金額や住所など)はここには書きません。あくまで「やり方」と「落とし穴」の話です。

線引き: 定款は士業、規程のたたき台は AI

最初に決めたのは、どこを人に出すかでした。

定款は税理士事務所にお願いしました。 登記に直結し、間違えると作り直しになります。書式も内容も外形的に厳密で、専門家に任せる価値がはっきりしている領域です。ここを AI で済ませようとは考えませんでした。

一方、社内規程や契約書のたたき台は AI に任せました。理由は 3 つあります。

  1. ゼロから白紙に向かう心理的コストが一番重い。叩き台さえあれば直せる
  2. 論点を列挙させるのが得意。「この規程に必要な条項は何か」を出してもらうだけで抜け漏れが減る
  3. 最終確認は結局人に頼む。たたき台の質が上がれば、専門家に見てもらう時間も短くなる

要は AI を「白紙を埋める装置」として使い、確定は人がやるという分担です。

作ったもの

このやり方で用意したのは、就業規則、労働条件通知書、雇用手続きのチェックリスト、業務委託契約書、出張旅費規程あたりです。

特に効いたのがチェックリストでした。「人を 1 人雇うとき、何をどの順で出すのか」を列挙させると、自分が把握していなかった手続きが出てきます。規程そのものより、やるべきことの地図を作らせるほうが価値が高かったかもしれません。

相場観のたたきにも使えました。「一般的にこの規程ではどのくらいの水準が多いか」を出させて、そこから自社の方針を考える。ゼロから数字を決めるより、叩く対象があるほうがずっと考えやすい。

落とし穴

ここからが本題です。

数値と要件を間違える、そして古い

AI はもっともらしく具体的な数値を書きます。日数、割合、期限。それらしく見えるので、うっかり信じそうになります。

法令は改正されますし、AI の知識には時点があります。労働条件の明示ルールも近年変わっていますし、フリーランス関連の法律も新しい。**「たたき台に書いてある数字は全部疑う」**くらいでちょうどいいと思います。

なので、最終確認は必ず士業へ。社労士、弁護士、税理士。ここを省くとたたき台の意味がなくなります。安く早く作れた分を、確認に回すイメージです。

規約にない値を勝手に作る

これは今回いちばん印象に残った失敗です。

私は自分のメモ管理に決まった書式を使っていて、status という項目が取り得る値も決まっています。AI にメモを作らせたとき、その一覧に存在しない値を勝手に作って書き込みました

指摘して分かったのは、既存の値を確認せずに「それらしい値」を推測して置いたということでした。これは規程や契約書でも同じ危険があります。実在しない条文番号、使われていない用語、社内に存在しない役職名。「ありそうなもの」を作る能力が高いほど、確認せずに作る危険も高いわけです。

対策として、前提や規約を先に確認させるようにしました。「既存のファイルを見て、実際に使われている値を確認してから書いて」と一手挟むだけで、この種の捏造はかなり減ります。

機微情報の線引き

規程や契約書には、住所や氏名といった個人情報が入ります。公開物には載せない、というより、そもそもどこに置くかを決めておく必要があります。

私は「公開リポジトリに入れてよいもの」と「そうでないもの」を最初に分けました。この記事で具体的な中身を書いていないのも同じ理由です。

それで、任せてよかったか

よかったです。ただ**「AI が会社を作ってくれた」わけではない**という感覚が正確なところです。

やってくれたのは、白紙を埋めること、論点を並べること、地図を描くこと。判断はしていません。どの水準にするか、何を採らないか、誰に確認するか。決めているのは全部こちらです。

コードを書かせるときと同じだと思います。生成されたものをレビューせずにマージしないのと同様、規程もレビューせずに運用しない。違うのは、コードならテストが落ちて教えてくれるのに対し、規程は間違っていても静かに動いてしまうことです。だから人の目が要ります。

まとめ

  • 定款は士業、規程・契約のたたき台は AI。外形的に厳密なものは専門家へ
  • AI の価値は白紙を埋めること論点を列挙すること。特にチェックリストが効きました
  • 数値と要件は疑う。法改正への追従は特に弱いところです
  • 規約にない値を捏造することがあります。前提を先に確認させる一手を挟むと減ります
  • 最終確認は必ず人へ。安く早く作れた分を確認に回すと考えると納得できます

一人法人のバックオフィスは、放っておくと「重いから後回し」になりがちです。たたき台が数分で出てくるだけで着手できるようになったのは、思っていた以上に大きい変化でした。